ラララ吉祥寺
父帰る
次の朝は慌しかった。
朝食を終え、先に車を駐車場に取りに行った木島さんを待って、父に戸締りの説明をした。
「これが玄関の鍵です。出掛ける時には閉めてくださいね」
わたしの鍵を父に渡すと、父は驚いたようにその鍵を見つめた。
「この鍵、三十年前と同じだな」
防犯上、夜は後から付けた閂錠をかけるのだけれど、扉と同様、鍵も家を建てた当時のままなのだ。
「それはそうと、あの遺影代わりの宏子の絵は君が描いたのかね?」
古いその鍵を見つめながら、父がポツリと聞いてきた。
「あ、はい。
母の最近の写真が無くて」
まだ生々しい母の骸を前に、必死に生前の母の姿を思い起こして描いたのだ。
親子二人の生活。旅行にもいかず、ただ淡々と過ごしてきた日々。
そこに写真の入り込む余地などある筈もなかった。
「いや、僕の記憶の宏子と重なってね。
彼女が幸せでいてくれたらと、ずっと願っていたから。
あんな風に笑っている彼女が、君の中にある母であったのなら、こんな嬉しいことはないよ」
そっけないわたしの答えに返ってきたのは、父らしい温かい言葉だった。
「わたしは母に心配ばかりかけていましたが、母はいつでも黙って見守ってくれていました。
怒ったり、落胆したりされたことは無かったです。
母は、いつも何処か異次元にいるように不思議な笑みを湛えている人でしたから」
「そうだな、そうだった」
父はそう言って小さく頷いた。