ラララ吉祥寺
「文子さん、そろそろフランス行きの準備をしませんか?」
九月に入ると、おもむろに木島さんはそう切り出した。
「芽衣さんもそろそろ、旦那と二人で子育てする環境を整えないといけませんよ。
文子さんが手伝ってばかりじゃ、花岡の出る幕無いじゃないですか」
「そ、そうだけど……
でも、昼間は花岡さんは居ないわけだし」
「年明け一月からは俊一くんを認可保育園に預けて社会復帰するつもりなんでしょ。
先ずは二人でやってみて、どうしても足りないところを文子さんが助ける。
それが筋じゃないかな」
わたしの顔は急に厳しくなる。
木島さんの言い方は、暗にわたしが遣り過ぎだと批判しているように聞こえたのだ。
「直ぐに、ってわけじゃないですよ。季節も良いし、今を逃すとヨーロッパは寒くなる。
花岡達も子連れなら今がタイムリミットじゃないかな」
文子さん、何怒ってるんですか、と木島さんに笑われてしまった。
「あ、そうか!
みんなで行くって約束してましたよね」
「そうですよ、太郎さん、気を長くして待ってると思うなぁ」
子育てに忙しくてすっかり忘れていた。
十月の展覧会前に、父の住むフランスを訪ねると約束していたのだ。
「チケットはどうにかなるとしても、文子さんパスポート持ってないでしょ。
直ぐにでも手続きしないと間に合いませんよ」
どうやら木島さんのところには、わたしの近況を尋ねる父からのメールが時折届いていたらしいのだ。
「きっと男親というものは娘には強気に出れないものなんですよ」
木島さんはなんだかわかったように笑っていた。