ラララ吉祥寺
「文子は宏子に良く似ているな。
確か、三十六年前のあの日も、彼女は君と同じようなことを言って婚姻届を出すことを拒んだんだ。
自分が自分で無くなるようで嫌だとね」
まぁ、山本姓から山本姓へ変わるのに紙切れ一枚の意味が見出せなかったというのもあるがね、と父は苦笑する。
「宏子が僕の存在を君に話して居なかったのには驚いたけれど、僕は君の父親であることを忘れたことはないよ」
共に生きる時間を共有できなかった悔いはあるがね、と父は私をじっと見た。
「それはこれからでも叶えられる。寧ろ、宏子が居なくなった今こそ僕の出番でしょ。
芸術家たるもの生涯現役だからね。そうそうフランスを離れるわけにはいかないが、いつだって好きな時、君達がこっちに来ればいい。
人と人との関係性は、縛るものじゃなく紡ぐものなんだよ」
母が父の存在を隠していたのは、私が過去の傷から立ち直れないでいたから。
きっとあの時の私なら、顔も知らない父の存在を突きつけられたら反発しか沸いてこなかっただろう。
だからこそ、今がその時なのだと。
今なら紡いで行けると。