魅惑ボイス−それを罪と呼ぶのなら−
塗れた床を拭いたタオルを突っ込んだ後段ボールを持ち上げて凛は部屋を飛び出した。
ワイシャツに散らばる赤い斑点にも気に止めず階段を掛け下りる。そして玄関に向かう――――――前に、洗面所に寄った。
ジャ―――――‥
「……っ」
これでもかと言うほど石鹸で手を洗う。鶏の血がベットリと付いた手が気持ち悪くて仕方なかった。徐々に漂う石鹸の薫りが先ほどの死臭を和らげてくれる。
しかし足元にある段ボールが完全には安心させてくれなかった。それと同時に、この段ボールが凛を焦らす。早く手放せと、早く捨てろと、脳内で警報が鳴り響く。
早く、
早く、
早く、
早く、
早く、
「早く、捨てて…っ!」
誰かに頼むように、凛は呟いた。
しかし幾ら懇願しようと段ボールを捨ててくれる人なんて居ない。この状況下で頼れる人なんて居る筈がなかった。