一夜花
 コウモリたちは蜜を吸い上げ、花を食い散らかす。
 その過程で花粉がやり取りされるのだから、花は文句を言ったりはしないが。
 
……俺はコウモリじゃない。

 美しく開いた花弁を掻き分け、花の形を壊さぬように筆の先でおしべを擦る。
 たっぷりと花粉に塗れた筆を動かし、次の花へと移る。
 やはり花を壊さぬように、真ん中にゆっくりと筆を差し込み、めしべの先をするりと丁寧に擦り上げる。
 
 たったそれだけのことなのに、月に見つめられるとひどく淫靡な気分になる。
 
 最後の一輪に作業を施す彼の背中に、月がするりと擦り寄った。

 筆先が乱れる。

「月、本当にいいんだね」

 首肯する動きが背中越しに伝わった。
 浩一は筆を投げ捨て、細い体を腕の中に引き寄せる。
 今夜しか抱けない、特別な花を。

「オンナノコは、男にわがままを言ってもいいんでしょ。だから……」

 哀願する響きに、胸が強く痛む。

「抱いてください」

「馬鹿を言うな! 俺は好きな女しか抱か
ない。だから、これは……」

 花びらを思わせる耳朶に口寄せる。
 鼻の奥に広がる塩気が、声を震わせた。

「好きだから……お前が好きだからだ」

……俺はやっぱりコウモリだ。
 この美しい花を喰らい、吸い尽くし、実を結ぶことさえ許さない、たちの悪いコウモリだ。
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