それでも、愛していいですか。
勢いよく廊下に突き飛ばされた奈緒は、考える間もなく体に思わぬ感触があった。
人にぶつかったことを認識し、それが阿久津の胸の中だとわかると、心臓が一瞬止まった。
一気にあの日の晩の記憶が蘇る。
この胸の中に包まれていた感触が、あの時の切ない気持ちが鮮やかに蘇る。
「すまない。大丈夫ですか?」
「あ、はい」
阿久津は淡々とそれだけ確認すると、自分の研究室へ再び歩き出した。
「先生!」
勇気を出して広い背中に声をかけると、阿久津は何気なく振り返った。
「……あの」
「はい」
まっすぐ奈緒を見つめる。
この切れ長の目に見つめられると、嫌でも鼓動が早くなる。
「私……専門学校、合格しました」
緊張気味に報告すると、阿久津の表情はみるみる柔らかくなり、
「ああ、よかった。おめでとう」
と、ほっとした顔をした。
そんなに心配してくれてたんだ。
「先生の鉛筆のおかげです」
「いえ。相沢さんの実力です」
阿久津はかすかに微笑んだ。