それでも、愛していいですか。
「あの……この前は、ありがとうございました」
勇気を出して口にした言葉は、宙に浮かんだままだった。
阿久津は黙ったまま、奈緒を見ている。
「えっと、あの、私、この前、道路の真ん中歩いてて、それで……」
先生に助けてもらったんです、と言いかけた時。
「無事でなによりでした」
と、先に阿久津が言ったので、奈緒は少し驚いた。
覚えていてくれたようだ。
「あ、はい。ありがとうございました」
もう一度頭を下げると。
「今後は気をつけてください」
阿久津は、表情ひとつ変えずそう言った。
そしてそれ以上、口を開こうとはしなかった。
重苦しい空気に耐えきれず、
「それだけ、言いたかったんです。すみません、失礼します」
と言って、逃げるように研究室を出た。
覚えていてくれたのは嬉しかったが、あまりに事務的な態度に少し裏切られたような気持ちになった。
再会した瞬間、なんとなく発展を期待してしまったことを後悔した。