それでも、愛していいですか。
「はい」
インターホン越しに阿久津の声がした。
奈緒は、つい顔が緩んでしまっているのに気づき、慌てて真顔を作った。
すると、がちゃ、と玄関の戸が開き、阿久津が顔を出した。
「いらっしゃい。どうぞ」
招かれるままに玄関に入る。
そして、足を踏み入れた途端、奈緒は首を傾げた。
玄関に物がなにもない。
……あれ?
靴をそろえ、阿久津の後をついてリビングへ行くと。
目の前に広がったのは、なにもないただの空間だった。
「……え?」
奈緒が呆気にとられ間抜けな声を出すと、阿久津は淡々と、
「引っ越すことにしました」
と言った。
「え?」
奈緒は驚きのあまり、もう一度聞き返してしまった。
「ここから卒業してもいいかな、と思ったんです」
そう言うと、阿久津は穏やかなまなざしで奈緒を見つめた。