それでも、愛していいですか。
喫茶店「金木犀(きんもくせい)」は、大通りから少し外れた住宅街の入り組んだところにある。
少し照明を落とした落ち着いた雰囲気の店内で、サラリーマンやOL、白髪交じりのおじ様たちが、思い思いにコーヒーを飲み、談笑している。
奈緒はこの町に来た時、この小さな喫茶店に一目惚れした。
短大進学を機に、大人な雰囲気のお店でアルバイトがしたかった奈緒にとって、金木犀はまさに打ってつけの店だった。
一年前、採用面接にやってきた奈緒は、ドキドキしながら金木犀の扉を開けた。
マスターが、カウンターの中から穏やかな笑みを湛えながら迎えてくれたこと、面接では必要事項だけ淡々と尋ね、そしていとも簡単に採用してくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
マスターは物静かな人だったが、優しくておおらかな人柄が、店の雰囲気をいっそう良くしていた。