それでも、愛していいですか。
「先生の言うこともわかるけど……」
物事はそんなに簡単にはいかないものだ。
「ほら、今「けど…」って言った。それ以上考えたってさ、答え出ないだろ?それが、自分で複雑にしてる、ってことだよ」
「うん……」
まだ腑に落ちないという顔をしていると、奈緒の肩にぽんっと手を置いて、
「ま、大いに悩みなさい、若人よ。それが人生の糧となる」
と言って、「決まった」という顔をした。
その時。
カランカラン――
店の扉が開いた。
奈緒は反射的に「いらっしゃいませ」と言って扉の方を見た瞬間、背筋がビクッとした。
そこに立っていたのは、阿久津だった。
「あ」
奈緒と君島の声が重なった。
「ああ、阿久津くん。いらっしゃい」
そう言ったマスターの言葉には、とても久しぶりに会ったという様子が窺え。
「え?」
また奈緒と君島の声が重なった。
そして、そろってマスターを見た。
阿久津、くん?
阿久津は、奈緒と君島をちらりと見、
「すみません、マスター。また、今度来ます」
と言って、店を出ていった。