それでも、愛していいですか。
レポートを裏返し、その赤字を見えないようにして、深呼吸しようとした時、今度は息が止まった。
そこには、あの『阿久津メモ』があったからだ。
・阿久津先生が冷たいのはなぜ?
・妻アリ
・君島先生「よほどのことがある?」「凍ってる」「悲しい目」
・過去に何かあった?
・本当は優しい
などなど、思いつきで書いたメモが、そっくりそのまま残っていたのだ。
まさか。これを見られた?
体中が心臓になって、嫌な汗がこれでもかというくらい吹き出した。
最悪だ。
逃げたい。
どこか遠くへ逃げてしまいたい。
淡々と授業が進んでいくなか、一人針のむしろに座らされている気分だった。
長い長い90分が終わり、我先に研究室を出ようとすると。
「相沢さん」
その声に、びくんとした。
おそるおそる振り返ると、阿久津は相変わらずの無表情でこちらを見ている。
「あ。あたし、先行ってるね」
加菜は気を遣ってか、そそくさと研究室を出て行った。
ああ、行かないでぇ。お願い!
そんな願いも虚しく、研究室にはもう阿久津と奈緒しかいない。