それでも、愛していいですか。
マスターはカウンターの中で、アメリカンコーヒーをカップに注いだ。
そして、その中に砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。
「阿久津くんは、これでしたね」
そっと、阿久津の前に置いた。
「ああ。懐かしいな」
阿久津はかすかにコーヒーの香りがする、ミルクと砂糖たっぷりの甘いアメリカンを一口飲んだ。
「最初、無理してブラックばかり飲んでいましたよね」
マスターの穏やかな笑みに、阿久津の口角も少しだけ上がった。
「あの時は、それが大人だと思っていました」
そう言って、しばらく沈黙が流れた。
阿久津は、店構えもマスターもコーヒーの味も、なにも変わっていないこの空間が、懐かしく、愛しかった。
そして、思い出も鮮明に蘇った。
学生時代、ここによく通ったこと。
当時この店でアルバイトをしていた、後に阿久津の妻となる由美のこと。
彼女に少しでも大人に見られたくて、無理してブラックを頼んでいたこと。
そして実は甘党だと知って、由美に笑われたこと。
その空間と時間を味わうように、一口ずつコーヒーを口に含んだ。