それでも、愛していいですか。
「阿久津くん」
マスターは優しく声をかけた。
「はい」
「人にとって、一番辛いことって何だと思いますか?」
突然の質問に、戸惑った。
「なんでしょう」
今の自分にとって、一番辛いのは生きている実感がないこと、だと思った。
ただ、淡々と日々を過ごし、最愛の人の死をいつまでも身体にまとい、身動きが取れずにいる。
笑えなくなってしまった自分のことさえ、なんとかしたいという気にもなれず、ただ生きている、というより生かされている。
「無関心だそうです」
マスターは静かに言った。
「飢えでも貧困でもなく無関心。これはマザー・テレサの言葉ですけど」
「無関心……」
「阿久津くん」
「はい」
「少なくとも、この店は変わらずここにありますから。私なんかのコーヒーで良ければいつでも入れますよ」
そう言ってマスターは微笑んだ。
その言葉がぐっと心に染みた。
「……ありがとうございます」
阿久津はただただ、深々と頭を下げた。