また会う日まで
prologue
 「いい? みんなには内緒よ」
 人差し指を立てながら言った姉に、私は後の事なんて考えてもいなかった。
 「じじゅうのタカさんが言ってたの。北の森には疲労回復の効果を持つシソっていう薬草がたくさんあるって」
 「本当に?」
 当時、まだ四算さえもあやしかった私たち双子の姉妹に、危ないから行くな、足を踏み入れるな、は通用するはずがなかった。双子で明るくてとんでもないお転婆皇女として名高かったであろう私たちは、いつだって周囲の人たちを困らせていた。
 「薬草いっぱい取ってきて、タカさんに調合っていうの、教えてもらって、父様に飲んでもらおう。そしたら父様、元気になるよ」
 「うん」
 北の森。国境のすぐ近く。この王国のうまい利益を何とかしてでも手に入れようとする賊や近隣諸国との争い場でもある。医学が存在できないこの国で、負傷者が出るともなれば、国王様の苦労が増えるだけ。ましてや死者が出るほどの騒ぎともなれば、話がややこしくなる。だから国境付近、特に荒れている北の森への立ち入りは皇族であろうとも、どんなに身分の低い人間であろうとも厳禁なのだ、なんてことをいくら説明しても、まだ幼い私たち姉妹には理解できないのが当たり前で。
 「ねえ、これで良いのかな」
 古い文字で書かれた漢方医学の教科書を片手に、私は後ろを振り返った。こういうのは私よりも姉の方がうんと詳しいから、確認を取りたかった。後ろを振り返って、私は持っていた本と薬草を落とした。
 この時になって、やっと理解できた。どうして行ってはいけないのかを。短刀を持ちながら、黒い笑みを浮かべる異邦人の彼に、私は全身の力が恐怖へと変化した。金色の髪の彼は、私に気がつくことなく、私の姉の命を、首周りから、確実に奪っていく。
 ――逃げて、お願い
 自分の命が奪われていっているのにもかかわらず、私に目で訴えた姉に、私は心の奥でほんの少しだけ恐怖が希望へと変化した。
 今更どうなろうが、構わなかった。どさりと落ちて、もう生きてはいない彼女を見下す。王国のお姫さま、皇女らしい。
 「これが噂の歌姫様ってことか」
 男は彼女の首元に手を当てると、彼は一度だけ首を縦に動かす。これで良い、どうせこのまま彼女を生かしておけば、困るのは彼女なのだから。
 視線をゆっくりと、とある草むらへと移動させる。
 「もう一人、いた気がしたが」
 風の噂ではあった。皇女は双子で、かなりのお転婆だったと。
 だが、と男は思う。仮にも皇女たるものが、噂通りの「お転婆で人の言うことも聞かない」ともなれば、国王様の面目丸つぶれともなってしまうことは明白ではないのだろうか? こんなこと、誰が許すのだろうか? どう考えたとしても、根も葉もない偽りの情報でしかないと判断した男は、ポケットの中からとあるリボンを取り出しては、怪しく笑った。紅色を基調としたリボンの中央には、自国のシンボルマークが、はっきりと縫われていて。彼はそのリボンを、亡き少女の手にしっかりと握らせた。
 「悪く思うな姫君。これは貴女の為だ」
 この言葉を残し、彼は北の森を何事もなかったかのように、立ち去った。彼の左手にはただ、真っ赤に染まった小型ナイフがしっかりと握られていた。
< 1 / 8 >

この作品をシェア

pagetop