お猫様の言うとおり
事件(p31-
―今日もまた、トオコはやってきた。
クロは、トオコに優しく撫でられて気持ちよさそうにする。
その様子を横目でみながら、自分の片手を目の前に持ち上げて、まじまじとみつめた。
―トオコの手は、温かいのかな…―
その手をギュッと握り締めて、目を覆った。
―撫でられる姿も、撫でる姿も、不快だ…―
どこか苦しく、懐かしく思っていた理由…
「ああ、そっか…。」
―僕は、人の手が怖いんだ。―
母さんの手を、思い出すから…。
『お兄ちゃんもおいで。』
病院のベッドの上で、少し離れて立つ僕に、母さんは手招きをする。
撫でられる康介は、嬉しそうにこちらを見る。
「ぼ、僕はいいよ!」
僕は、康介に遠慮して、いつも断った。
そのとき母さんは、少し悲しそうにする。
―本当は、撫でてもらいたかった。
嬉しそうな康介を見れば、羨ましかった。
それに知っていたから。
もっと小さくて、弟に遠慮することもなかった頃、
撫でてくれる母の手が、とても温かかったこと、
心地よかったこと、
名前を呼んでくれる声が優しかったこと、
そのときの笑顔が好きだったこと…
全部、覚えていたから。