魔王様と私

「マキちゃん」

「……」

「視察に行こうか」

「!!」

いつも通り、チューしたいとでも言われると思っていたが、思わぬ言葉が聞こえて、一瞬耳を疑った。

☆ S I S A T U ☆

ああ、なんて素晴らしい響きなのだろう。
この城に来て約1ヶ月。
短いようで、長かった。
だがついに、私は外の世界へ踏み出すのだ!

「行く!…いつ?」

「んー、マキちゃんはいつがいい?」

「明日」

「うん。じゃあ、明日で」

「わかった。なにか必要な物はある?」

「ないよー。楽しみだねー、視察」

「うん!」

ああ、明日はどんな服を着て行こう?
その時の私は、まるでデートの時のように浮かれていた。

ほんの少し前までは、こんな感情は当たり前にあるものだったが、今はすごく懐かしいものに思えた。





「おはよ。マキちゃん。チュー」

朝一番。目が覚めると、すぐ近くに魔王がいた。
また、性懲りも無くベッドに潜り込んで来ていたのか。
でも、許す。もしこいつが機嫌悪くなって視察がなしになったら泣く。
前は許さんと思っていたが、これは仕方ない。特例だ。

「…はよ」

何故だか朝は声が出ない。いつも掠れてる。前は掠れることはなかったんだけどな。

「視察だね」

「ん」

「朝食はここで食べる?視察先?」

「…し、さつ」

「わかったー。じゃ、マキちゃん行く準備して?」

「…で、て」

「ごめん。聞こえない」

出てけ。と言おうとしたら、いい笑顔で返された。
そっすか。出て行く気はないと。

「……」

これ以上話す時間が勿体無いので、なにも言わずにベッドを出た。
クローゼットを開けて、すぐ近くの服を取り出す。
この服は昨日、あれからずっと考えて、悩みに悩んだ結果、やっと決めたものだ。
シンプルなワンピースの上にカーディガンをはおり、上はベレー帽で、下はタイツに、ブーツ。
多分、今は秋くらいだから、あまり露出は少なめに、でも暑すぎないのを選んだつもり。
うん。流石に選ぶのに6時間はないなと思った。でも、久しぶりに服を選ぶのも楽しかったのでOKってことで。

「着替え…出て…て」

ほぼ単語で構成された文でも、一応、通じたらしい。
魔王はベッドの中に潜り込んだ。
…だから、そうじゃなくて。


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