魔王様と私

「軽いね」

「とうぜんですわ!」

「まるで羽のようだ」

「と、とうぜんですわ!」

可愛い。
顔を真っ赤にして前を見るエテリーヌちゃん。
でも、言ったことは嘘じゃない。
エテリーヌちゃんは、とっても軽かった。

「ちゃんと食べてる?」

お姉ちゃん、心配。
小さいころからあまり食べないのは、成長過程に大きく影響がでるからね。

「たべてますわ」

「そ?」

ならいいんだと、足を進めて行くが、なんでだろうね。

「なんで、こんなにくらいですの?」

見事、ひと気のない路地裏に到着。
いや、本当なんでだろうね。

「戻ろうか」

と、後ろへ後退したら、ドンっと何かにぶつかった。

「あ、ごめん。大丈夫、エテリーヌちゃん…?」

私に衝撃がきたくらいだ。
きっとエテリーヌちゃんも揺れただろうと思い、下を見る。
すると、目に映ったのは、顔を嫌悪で歪ませたエテリーヌちゃん。
なにごとかと後ろを向くと、とっても嫌な目をした豚がいた。
顔が豚だ。
舌舐めずりしてる。気持ち悪い。
私がぶつかったのは、どうやらこいつらしい。

「ぶつかってしまってごめんなさい。
それじゃあ、私たち急いでるので」

と言って通り抜けようとするが、そう簡単に逃がしてはくれないらしい。
肩を掴まれた。

「おいおい、嬢ちゃん。ぶつかっといて、謝ったらはい、さようならかよ」

「離してください。急いでるんです」

「まぁまぁ。ちょっと身体でお詫びしてもらうだけだから」

いやらしい。汚い。
強く肩を掴まれ、表情を変えないようにと、意識する。
きっとここで少しでも怯えた様子を見せたら負けだ。

「ごめんなさい。本当に急いでるんです」

「てめぇ、こっちが下手に出れば、つけあがりやがって!」

いきなり言葉遣いが粗くなり、乱暴に地面へ突き飛ばされた。

「っ!」

エテリーヌちゃんを庇いながら、豚を睨みつける。
それが、やつのスイッチを押したらしい。
唾を垂れ流しながら、ニヤニヤと醜い顔をさらに醜くさせた。

「エテリーヌちゃん、私が気をひくから、隙を見て逃げなさい」

豚に聞こえないように、小声でエテリーヌちゃんの耳に囁く。
エテリーヌちゃんは肩を震わせ、
不安そうに私を見た。

「大丈夫。心配しないで」

私は今、ちゃんと笑えてるだろうか。
恐怖で引きつった笑みをしていないだろうか。
わからないけど、今の私にできる、精一杯の笑顔であることには変わりない。

「今のうちに逃げ出す準備をしておいて。そして、逃げ出したら、助けてくれそうな人に…魔人に?魔物でもいい。助けを求めなさい。いいね?」

私の言葉に戸惑いながらも小さく頷くエテリーヌちゃんの頭を撫で、豚を睨みつける。

「私たちに、なにする気」

豚はギヒギヒと、気持ち悪い声を口からもらし、おかしそうに笑みを深めた。

「なにって、わかってんだろ?
大丈夫。天国にイかせてやるよ」

「誰がいかせてなんて言ったのよ。この変態!」

「んだと!?このアマ!!」

私が少しでも罵れば、やつはすぐに逆上し、私の頬を叩いた。
そして馬乗りになる。
気持ち悪い。いやだ。
私が抵抗すれば、それを抑えつけるために両手首を掴み、完全に私にのしかかった。
今だ。今、やつの意識は私に向いてる。
トンっとエテリーヌちゃんの背中を肘でおす。
駆け足で去りながらも、戸惑ったように私を見るエテリーヌちゃんが目のはしに映った。
私はふっと微笑む。

"逃げなさい"

エテリーヌちゃんが見えなくなり、とりあえずは一安心。
あとは、こいつをなんとかしないと。

「おいおい、今この状態で笑うなんて、ずいぶん淫乱な嬢ちゃんだなぁ。
実は今からすることを、楽しみにしてんじゃねーのか?」

そんなわけないでしょ。頭腐ってんじゃない?ヤることしかできないksが。

「んなわけないでしょ」

私の言葉が、別の声となって私の耳に届いた。
そして次の瞬間、やつの姿が消え、変わりにすらっと伸びた足が視界に現れた。
私は恐る恐る視線をあげ、目を見張る。

見上げる空は嫌味なほどに青い、暗い路地裏との対比。
非現実的な魔物の顔を持ち上げ、血の通ったものとは思えないほど整えられた顔で見下ろす魔王。
まるで、額縁に飾られた彩画を見ているような感覚に陥る。

でも、確かに魔王は私の目を見て言ったんだ。


「助けにきたよ。マキちゃん」

って。
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