魔王様と私
「カレンのやつ、いったい何処に行ったんだ…?」
あたりを見回すが、全くと言っていいほど人影はない。
さきほどのホールからかなり離れたところまで来たが、それらしき影はまだ、見つかっていなかった。
「まったく!カレンはなにを考えてますの!?あぁんもう!こんな時に迷子だなんて!笑い話にもなりませんわ!」
「……サラサ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!」
ヒステリックに叫ぶサラサの声が、広い廊下に響き渡った。
一度叫んで落ち着いたサラサは、ため息を吐き、下を向いた。
「…申し訳ありませんわ。そうですわね。こんなところで言ったってなにも解決しない…」
サクヤはそんなサラサの頭をポンっと喝を入れるように叩き、明るく声をかけた。
「そうだな。まずはカレンと合流しないと」
「ん」
「わかりましたわ」
「んー、僕としては、君たちにはさっさと立ち去ってもらいたいんだけどなー」
突然上から聞こえた中性的な声に、三人は驚く。
ばっと上を見れば、この世のものとは思えないほど整った顔の、怪しげな魔人が、宙に浮かんでいた。
男としてはきしゃな身体でも、女としてはガタイの良すぎる体型から、おそらく男だと結論出させる。
それだけ、中性的な顔立ちをしていた。
「誰だ!!」
サクヤが剣を抜き、戦闘体制になれば、他の2人も構えをとる。
「魔王様」
「「なっ!」」
サクヤとサラサの声が重なり、ミリアも声には出さないまでも、かなりの驚きをしめした。
彼らは、倒すべき標的の顔を知らなかったのだ。
「何故魔王がこんなところに居るんだ!」
サクヤは叫ぶ。
あれが魔王かどうか、半信半疑なのだろう。
「ここは、魔王城だよ。つまり、僕の家。自分の家に勝手に入ってきた害虫を潰そうとしても、おかしくはないだろう?」
こちらの緊迫した雰囲気なんて知らないというように、ニコニコと笑顔で受け答えする男に、更に怪しさは増す。
「サクヤ、本当にあれが魔王ですの…?」
「……わかんない……けど、強いよ」
こんな近くに来ていたのに、まったく気づかなかった。
それは、今までなかったこと。
魔王かどうかはわからずとも、強者かどうかは本能で理解した。
「…油断してたら、殺られる」
すぐ隣にいたサラサにも、聞こえるかどうか微妙な大きさで零した弱音は、何故か男の耳に届く。
「へぇ。一応馬鹿じゃないんだ」
馬鹿にしたような言い方に、サラサは腹を立てた。
「なんですの!さっきから私たちを、サクヤを馬鹿にした「…君が、サクヤ?」その態度は!!」
だが、サラサの怒りなど気にも止めず、男はサクヤを見た。
「そ…う、だけど」
サクヤや何故そんなことを聞かれたのかわからず、戸惑いながらも答えれば、男は一瞬目を見開き、次の瞬間にはそこにはいなかった。
「っ!が、はっ!!」
そして、なにか大きな力がサクヤの腹を襲う。
その衝撃で、サクヤの身体は後ろへ吹き飛んだ。
「ガハッ!ゴホゴホッ」
苦しそうに咳きをし、フラフラと立ち上がる。
「やっぱり弱いじゃん。こいつのどこが良かったんだろ?」
男は訳のわからないことを呟き、標的をサラサに移した。
「ねぇ?君はこいつのどこがいいの?」
「はぁっ!?なんでそんなこと言わないといけませんの!?」
自分の気持ちが会ったばかりの魔人に暴露ていたことに驚き、頬を染めながら、それでも強気で答えるサラサを、男は冷たい目で見る。
「答えられないならいいよ。て言うか、もう喋んないで。うるさい」
「なんですって!?」
「じゃあ、次は君に訊いてみようか。
君は、こいつのどこがいいの?」
ヒステリックに叫ぶサラサを他所に、男はミリアにも同じ質問をする。
「…あ、っ…や…」
男から殺気は感じられない。
戦ったところを見たわけでもない。
だが、この男は、強い。
ミリアは自分たちなど、足元にも及ばないであろうことを、本能で悟っていた。
何故サラサがこんなにも気丈に振る舞えるのか、ミリアには理解できなかった。
恐怖で言葉にならないミリアに、答えを聞き出すことを諦めた男は、ため息を吐き、害虫を駆除するために、片手をあげた。
「……あ」
突然、男の口から間抜けな声が漏れる。
「エーテル殺られた」
男は、そう呟いたと同時に、手を下ろし、胡散臭い笑顔でこう言った。
「今はとどめ刺さないであげる。
あとで、また会おうね」
そして、その言葉が言い終わる前に、男は消えた。
「…な」
サラサが驚くのも無理はない。
移動魔法など、そうやすやすと出来るものではないのだ。
それを、いとも簡単にして見せた男に、初めて恐怖する。
「…サクヤ」
「はは…。ごめん…。油断していた訳じゃないんだけど」
ミリアが振り返ると、サクヤが戻ってきていた。
サクヤは苦笑いする。
その口の端からは一筋の血が流れており、さきほどの攻撃が、どれほどの威力だったかを、無言で訴えていた。
そう。決してサクヤは油断などしていなかった。
あの男の前で気を抜くことなど、出来なかった。
それなのに、たった一撃で呆気なく吹き飛ばされた。
その攻撃を見ることさえ出来なかった。
そのことが、二人の力量の差をしめしていた。
__ 魔王城 一階 南廊下 にて __