魔王様と私
「マキちゃんチューしたい」
「包丁使わせてくれるならいいよ」
またこの会話か。
「マキちゃんったら、まだ諦めてなかったのー?
ダーメッ!マキちゃん怪我しちゃうでしょ!」
「しないってば!まったく!なんでそんなに頑固かなー。
……じゃあ、厨房に連れてってよ。普段の料理がどうしてまずいのか理由を知りたい」
私がそう言えば、魔王は頷き、私の手を引く。
「それならいいよ。早速行ってみよっか」
「うん」
私は魔王の手に自分の手を重ねた。
「そりゃまずくなるよ」
それが、厨房に着いた私が真っ先に言った言葉である。
厨房からは、紫っぽい煙が出ていてまず、近づくのを本能が拒否した。魔王を盾にしながら、ゆっくり中を覗くと目に入ったのは、ガスマスクをつけた巨人たちだった。
ちょっ、おま、こんな状態でよくあの程度の味で抑えてたな。
せいぜい塩と砂糖を間違えるくらいだと思ってたよ。
そこは地獄絵図で、隣にいるやつとこの巨人。どっちが魔王かと問われたら即巨人を選んでしまうくらい恐ろしかった。
魔王を盾にしながら、厨房を見回す。
ちょっ!あんた火花散ってるよ!
その手に持っているのはなんだ!?鉈か?そうなのか!?
なんかテンションおかしくなってきたんだけど!?
この煙を吸ったからか!?
心の中で久しぶりに高いテンションで叫んでいると、なんだか急に体が軽くなった気がした。
なんだこれ。すごくふわふわする。
意識が…途切れ……。
「マ…ちゃ…」
誰かが呼んでる気がする。
朔夜?違う。もっと甘ったるい声。
「…キ……ん……マキちゃん」
聞いているだけで、脳がとろけてしまう、まるで告白でもされているような感覚に陥る。
この声は…。
「まお…う?」
薄っすら目を開けると、目の前に嫌味なくらい整った魔王の顔があった。
魔王はにっこりと笑い、私の左手をとり、頬ずりした。
「おはよう、マキちゃん。
やっぱりマキちゃんに料理は危ないね。危険だよ。
厨房に行っただけなのに、倒れちゃうなんて」
違う。私が弱いんじゃなくて、あそこの空気が異常なんだと反論したくても、寝起きのため、上手く声が出ない。
鯉のように口をパクパクしただけだった。
「料理は諦めてね」
いい笑顔で言う魔王を言い負かすほどの話術などあるわけないので、私は泣く泣く頷いた。