魔王様と私

周りが全て同じに見える。
隣の部屋へ行こうとしていたはずが、なぜか広い廊下に出た。
とりあえず進んで行くと、なんか、男の人たちの絵と女の人たちの絵が向かい合って、飾られていた。
辺りには窓がなく、薄暗い。

(なんか、すごく不気味…)

来た方向に戻ろうとすると、警報が鳴った。

(え?え、え?)

あっという間にたくさんの兵士たちに囲まれ、槍の先を向けられた。

(ひっ!!やだ!なんで?もしかして、殺される!?)

パニックになって、悲鳴すらあげられない。
とっても美人な兵士(…ってゆうか、騎士さん?)がなにか言ってきたが、全く理解出来ない。

(どうしよう…どうしよう!!)

混乱する頭で解決策など見つかるはずもなく、いつまで経っても答えない私にしびれを切らしたらしい美人騎士が、大きな声で叫んだ。
それを聞いた兵士たちは、私に近づく。
それと同時に槍も近づくので、自然と体に力が入る。
後ろからガッと抑えられ、数人がかりで取り押さえられた。

(ひっ!!なに!?なんなの!?)

抵抗することも叶わず、そのままひきづられるように連行された。



さっきから、美人騎士がなにか叫んでいる。
さっきから、体に鞭が叩きつけられる。

「痛い!やめて!!」

目隠しされているため、見ることは出来ないが、おそらく、体中にあざができ、血が流れているのだろう。
絶え間無く鈍い痛みが襲い、上手く息が出来ない。
抵抗しようにも手足は固定されているため、ただ、叫ぶことしか出来ない。

なんで、こんなことになってるの…?私、なにか悪いことした?

酸素すら、上手く行き届いていない脳を必死に回転させる。
そのうちにも鞭が襲い、怒声を浴びさせられ、思考がまとまるはずもない。

「痛いっ!痛い!やだ!溯夜!!」

こんなところで叫んだって、溯夜に届くはずもないのに、ただひたすら溯夜を連呼した。


連れてこられていくら経ったかすらわからない。
1時間かもしれないし、1日中かもしれない。
今もなお、美人騎士は叫んでいる。
痛みや感覚は麻痺し、ただ、その姿を布越しに見ていた。

途中、交代などもしながら続けられる拷問。

こんなの、時間の無駄じゃない。私はこの国の言葉なんて話せないんだから

口を開く気力さえ起きない。
ただ、されるがままとなっている。
反応を見せなくなった私が、眠ったか気絶したと思ったのだろう。
美人騎士は私の頬を叩き始めたので、仕方なく、彼女を見てやる。
彼女は私の視線が定まっていることを確認し、再び拷問を始める。

(いつまで続けるんだろ。これ。…葵ちゃんのご飯が食べたいな)

朝ご飯を食べたっきりなので、お腹が空いた。
腹の虫がさっきから自己主張してる。

美人騎士はまたなにか言ってから拷問を始める。
それもワンパターンな気がする。
ずっとこの薄暗いとこだし、鞭だし。
江戸時代の日本の方がよっぽど残虐だ。

ふと、なにやら良い香りがしてきた。
美人騎士は拷問を止め、兵士からなにかを受け取る。
それを私の前に持ってきて、私の目隠しをはずす。
その手にあったのは、水色の物体だった。

(……怖)

それを私の目の前で食べ始める美人騎士。
余計に空腹を煽るためなのだろうけど、その思惑とは逆に食欲は失せた。

(てゆうか、すごく子供っぽい嫌がらせだな)

私は聞こえないように小さくため息を吐いた。




どれだけ時間が経っただろうか。
もういくら叩かれても、なにも思わない。

悲しいという感情が湧いてこない。

(私、どうやって涙を流してたんだっけ?)

美人騎士は、いつもよりはやく牢屋を出た。


しばらく経って戻ってきた美人騎士はどこか浮き足立っていて、上機嫌で私に話しかけていた。

(なに言ってるかわかんないんだけど)





いつしか美人騎士は来なくなって、私の存在は忘れられたように思えた。

(実際、忘れられてんじゃね?)

そうであったら嬉しい。
人間である私はそろそろ太陽の光が恋しいのである。
これならば、絶対に日本の刑務所の方が恵まれているだろう。


そんなことを考えていると、見張りの兵士が入ってきた。
その様子をじーっと見ていると、徐々に兵士は私に近づいてくる。

ついに目の前まできた兵士の目に浮かんでいた感情は…そう、欲情。

咄嗟に兵士の顔を叩き、叫ぶ。

「私に触らないで!!」

叩かれた兵士は大声で怒鳴り、お返しとでもいうように私の顔を叩いた。

「っ!!」

痛がる私を他所に、兵士は私の足を広げさせた。

「ひっ!やめて!やだやだ!!……やめろって言ってんだろ!!」

いくら叩いても無理矢理ことをやらしい目で舐めるように見る兵士についに嫌悪感が頂点に達し、抑えられていた足を無理矢理振り上げ兵士の頭を蹴った。

かなり弱っているはずの私のどこに潜んでいたのか、以外と強く蹴れたらしい。
兵士は床に倒れた。

肩で息をして、兵士から離れると、牢屋の鍵が空いてることがわかった。

(逃げるなら、今しかない)

兵士の近くに落ちていた鍵を広い、廊下に出て牢屋の鍵を閉める。

(これで少しは時間稼ぎになるだろう)

美人騎士がいつも行っていた方向へ曲がる。
時に見回りの兵士たちに見つかりそうになったが、息を殺し、ゆっくりと時間をかけて城を出た。

(やっと、出れた)

外に出たものの、空は星がきらめいていて、あれほど恋しかった太陽の光を拝むことはできなかった。

(まず、寝床を確保しないと…)

私がいた牢屋にベッドなどハイカラなものはなく、いつも床に寝転がっていた。
しかも、隙間風がひどく、よく風邪をひかなかったなと自分でも思う。

そんな経験をしていたため、雨さえ降らなければ、外でも眠れる。

(人がいなさそうなところを探そう。
追っ手や、あの兵士のような男に見つからないようなところへ)

溯夜に振り向いてもらうために、色々と努力をしていたのだ。
自分の顔が、2、3ヶ月くらい閉じ込められていたが、まだそれなりに見られるものだと自覚していた。


ここには電灯がなく、月と星の僅かな光で夜道が照らされていた。

(それでも、十分明るい。それに、星がこんなにも出ているなんて)

異世界あるある設定の月は2つあるというのも、やはりデマだったようだ。
月は1つ。

(もしかしたら、ここも惑星のうちの1つなのかもしれない…!
……いや、ないか)

地球のように、朝昼晩があって、月のようにずっとその周りを回ってる星などあるはずがない。
溯夜と部屋で見た外の景色には太陽のようなものがあった。
太陽の近くで、地球のような条件の星が未確認なんてありえないと、今の考えを心の中で否定した。

(じゃあ、ここはいったい…)

「…どこなんだろう」

「ここは、王都のシュピリゲルの近くだよ?迷子の迷子のお嬢さん?」

完全に独り言のつもりだったから、答えが返ってきたことに驚いた。
声のした方を見ると、そこにいたのは、星々の光に照らされた、一人の美青年がいた。
それが、魔王との初対面だった。
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