魔王様と私
番外編
「けっこんおめでとうございますですわ、マキ」
「ありがと、エーテルちゃん」
今日もエーテルちゃんが遊びに来た。
ここ最近よく来るな。この子。
いや、嬉しいけど。
エーテルちゃんに向かいの椅子に座るよう手で促す。
ついでに魔王はお仕事中。
「ほんらいなら、まおうさまのはんりょになるのはわたくしですけど、マキならとくべつにゆるしてさしあげますわ」
「はは。ありがと」
エーテルちゃんは、見ててほのぼのする。
でも確かに、エーテルちゃんは魔王が好きだったんだよねぇ。
なんか悪いことしちゃった気分。
「エーテルちゃん」
「なんですの?」
コテンと首を傾げたエーテルちゃん。
あざと可愛い。
「魔王のこと、まだ好き?」
私の質問に、エーテルちゃんは少しばかり驚いたようだ。
キョトンとしながら私を見て、一人で納得したように頷いた。
「えぇ。すきですわよ」
………マジ?
今度は私が呆然とする番だ。
ど、どうしよう。どうしたらいいんだろう。エーテルちゃんは魔王のことをまだ好いている。でも魔王は既婚者。私は、魔王の嫁。
え、難易度高くない?どんな昼ドラ展開。
頭に中を昼ドラの三文字が駆け巡る。
そんな私を見ることもなく、エーテルちゃんは立ち上がった。
「すきでなければ、はいかなどにはくわわりませんわ」
はいか?配下のこと?
え、つまりどゆこと?
エーテルちゃんが私の横に立つ。
座ってる私と立ってるエーテルちゃん。それでもまだ、私の方が大きい。
エーテルちゃんは片膝をつき、まるで物語の王子様のような姿勢で私を見上げた。
「わたくし、エテリーヌ・フランソワーズは、よくじつから、まおうぐんにはいることがけっていしました。
もう、このようにきがるにあいにくることはできなくなりますわ」
ゑ?
今この子なんて言った?
「魔王軍…?」
ポツリと溢れた言葉に、エーテルちゃんは頷く。
「そうですわ。いちからきたえてもらってくるつもりですわ」
こんな可愛い子に似つかわしくない言葉が聞こえた。
鍛えてもらう?
いやいや無理だろう。
こんな可愛い子が、こんな幼い子が、鍛えてもらう?
「危ないから辞めなさい」
軍隊なんて、危険すぎる。
だが、エーテルちゃんの覚悟は固いようだ。
フルフルと首を横に振った。
長い髪が揺れる。
「きけんなのは、ひゃくもしょうちですわ。だからこそ、つよくなるにはうってつけなのです」
「さっきから強くなるとか、鍛えてもらうとか、どうしたの?なにかあった?」
初対面のエーテルちゃんは、蝶よ花よと育てられたわがままお嬢様だったはずだ。
そんな子が、こんなことを言い出すなんて、絶対なにかあったに違いない。
なにがあった?虐めか。
そうならそうと言ってくれればいいのに。
相手が二度と面見せないよう、しばいてきてやんよ。
「マキがしんぱいするようなことではありませんわ。だいじょうぶ。わたくしは、もっともっとつよくなってかえってきますわ」
エーテルちゃんはそう言って立ち上がった。
「ですから、それまではさようならですわ」
微笑むエーテルちゃんが寂しそうに見えたのは私の妄想ではないはずだ。いつの間にか大人びた表情するようになったもんだ。
軍へ行くことも、もう決めたことなのだろう。
私が何か言ったところで、意見が変わるほど柔い覚悟ではない。
それだけでも、わかってよかった。
その気持ちを忘れなければ、きっと大丈夫だろう。
「怪我はすると思うけど、あんまり無理しないでね」
「はい」
「風邪もひかないよう気をつけてね」
「はい」
「なにかあったら、必ず私に言ってね。きっと力になるよ」
「はい」
「たまには遊びにきてね」
「はい」
私は椅子からおりて床に座り、エーテルちゃんを抱きしめる。
その身体は、見た目通り細く頼りないものだった。
こんな小さな子が、軍に入るなんてあんまりだ。
「…頑張ってね」
エーテルちゃんを抱きしめる手に、少し力が入った。
「はい。がんばりますわ」
エーテルちゃんの腕が背中にまわり、優しく撫でられる。
これじゃ、立場がまったく逆じゃないか。
こんなんじゃだめだ。もう一度、やり直させて。
エーテルちゃんの肩に手を置き、目を見つめる。
「頑張れ」
その三文字に気持ちを込めて。
「はい、ですわ」
エーテルちゃんは、にっこりと笑って応えた。