箱の中の彼女


 不思議な、女の人だった。

 孝太の様子は、普通ではなかったはずなのに、救急車も警察も呼ばずに、看病してくれたのだ。

 物静かで、賢そうな人に見える。

 自分の周りには、いないタイプだ。

 孝太は、脳みその全てをボクシングにとられた、いわゆるドアホウで。

 中学が義務教育でなかったならば、きっと彼は留年していただろう。

 そんな孝太から見ると、彼女はとても頭が良さそうに感じたのだ。

 その辺に積んである本や雑誌は、全部外国語の表紙だ。

 超オンボロ和風の家に、それはとても浮いているように思えた。

「「ああ、あれ? 翻訳の仕事をしているの」」

 孝太の、ぽかんとした視線に気づいたのだろう。

 彼女が、小さく笑った。

 翻訳と言えば、外国の言葉を日本語に訳したりする仕事、ということか。

 あったま、いいんだろうなぁ。

 脳みそコンプレックスのある孝太は、小さくなっていった。

「「外の仕事は、ちょっとやりづらくてね…こんな声でしょ」」

 そんな微笑のまま、彼女は自分の喉を押さえる。

 風邪、じゃないんだ。

 孝太は、そのことを聞かなくて、本当によかったと思った。

 そっか。

 こんなに頭がいい人にも、コンプレックスがあるんだと。

 妙に孝太は、親近感を覚えた。

 それ以前に。

 彼女は、命の恩人だ。

 そんな人の声をつかまえて、どうこう言うことなど出来るはずがない。

「あの…ほんとに…ありがとうございます。歩けるようになったら、帰ります」

 孝太は、おそるおそる声を出す。

 年上の賢そうな女性に、どう話したらいいのか、失礼にならないのか、そう思うとこんな声になってしまうのだ。

 そうしたら。

 彼女は、本当に嬉しそうに笑うではないか。

「「そう、帰るところがちゃんとあるのね…よかった」」

 花が、咲いたかと思った。

 ぽーっと。

 孝太は、ぽーっとその笑顔に──みとれてしまったのだった。
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