チェリとルイル
 また──森が開けてしまった。

 うーん。

 手には、キジ。

 ルイルに、今度は何も置いてきちゃダメと言われている。

 見なかったことに、したいなあ。

 チェリは困りながらも、視界の中の魔法使いの家に違和感を感じた。

 扉だ。

 最初から、扉が開いているのだ。

 閉めて、帰ったよ、ね。

 昨日の記憶を呼び戻す。

 建てつけが悪く、すぐに開いてしまうようになったのだろうか。

 あ、そうだ、ウサギ!

 中の人が、本当にいるかどうかを調べるには、昨日置いて帰った獲物の様子を見ればいいと思ったのだ。

 そのウサギが、昨日のままであれば、もしかしたらこの家には、誰もいないのかもしれない。

 お茶やかまどと矛盾をするが、少なくとも自分で持ってきたものを見れば、事実だけは分かりそうな気がしたのだ。

 そーっと近づき、入口近くのウサギポイントを見る。

 ない!

 置いていったウサギは、そこにはなかった。

 ということは。

 この家の人が、持っていったという可能性が高い。

 ほっと、チェリは安堵のため息をついた。

 そんな彼女の鼻先に、甘い匂いが届く。

 蜂蜜を使った菓子のような匂い。

 甘い果物とはまた違うそれは、滅多に手に入らない大好物だった。

 ふっと、誘われるように中に入ってしまう。

 テーブルには、昨日のようにお茶の用意がしてあった。

 その横に。

 焼き菓子があるように見えた。

 いいなあ。

 チェリの心が、ぐらぐらぐらぐらと大地震のように揺れた。

 ふと、手のキジを見る。

 そして、テーブルの焼き菓子を見る。

「すみませぇん」

 ついにチェリは。

 家の中に向かって、声をかけてしまった。


 ※


「すみませぇん」

 シーン。

 彼女の呼びかけに、何も答えは帰って来ない。

 やはり、気配もないし誰もいないようだ。

 もし答えが返ってきたならば、キジとお菓子を交換してもらえないか聞いてみるつもりだった。

 残念。

 はぁとため息をつき、チェリはとぼとぼとその家を出ようとした。

 なのに。

 パタン。

 目の前で。

 扉は、閉ざされた。

 え!?

 勝手に、扉は閉じたのだ。

 誰もいないのに。

 ええええ?

 慌てて扉を開けようとするが、信じられないほど固く、微動だにしない。

 ま、窓!

 慌てて窓に向かったが、そこもびくともしない。

 ガタガタ。

 突然のその音は、窓が立てたものではない。

 チェリの後ろ。

 おそるおそる振り返ると。

 椅子が、引かれていた。

 お茶の準備のしてある席の椅子だ。

 焼き菓子のある席の椅子だ。

 ポットが、宙に浮いた。

 カップに、湯気の立ったお茶が注がれていく。

 信じられない光景を、彼女は驚きながら見ていた。

 もしかして、そこにいるのだろうか。

 姿は見えないが、魔法使いが椅子に腰かけて、これからお茶をしようとしているのではないか。

 そう、思った。

 じー。

 チェリは、じーっと見ていたが。

 お茶を飲む気配も、お菓子を食べる気配もない。

「お茶、冷めちゃいますよ……」

 ついつい彼女は、余計なお世話なことを言ってしまった。


 ※


「お茶、冷めちゃいますよ……」

 チェリの言葉に答えたのは──椅子の短気な足踏みだった。

 ガンガンと、人間がいら立った時に見せる足の動きのように、それは跳ねたのだ。

 妹に怒られた気がして、ついついびっくりしてしまう。

 ええと。

 もしかして。

「私が……座って……いいの?」

 おそるおそる、椅子に声をかける。

 返事はない。

 そーっと、椅子に手を伸ばした。

 もし、自分に触られるのが嫌なら、きっとこの椅子なら嫌がるだろうと思ったのだ。

 ぺた。

 触ってみた。

 でも、椅子は抵抗はしない。

 そー。

 座ってみる。

 椅子は、暴れたりしない。

 カップが、静かに一歩チェリの方へと動いた。

 焼き菓子の皿も、同じ動きをする。

 も。

 もしかして。

 もてなされてる!?

 ようやく、チェリはそれに気づいたのだった。

 慌てて、握ったままのキジを足元に置く。

 さすがに獲物を抱えたまま、お茶など出来ないからだ。

 どきどきした。

 お茶をふるまわれるなんて、村の新しい村長さんのところに、父親と挨拶にいった時くらいだ。

 家でも、お茶は入れる。

 だが、それはちゃんとしたお茶ではなく、あくまでもお茶に似た植物を煎じた茶に過ぎない。

 村長さんちで飲んだお茶よりも、おいしいお茶だった。

 焼き菓子が、目に入る。

 ほんとにほんとに、本当に。

 いいのだろうか。

 もしも駄目だったら、キジで手を打ってもらおう。

 そう自分に言い訳しながら、チェリは己の誘惑に負けたのだった。
< 3 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop