チェリとルイル
 目が、醒めたら。

 ベッドの中だった。

 ふかふかで気持ちがいい。

 はっと。

 チェリは飛び起きた。

 こんなふかふかなベッドが、自分の家のもののはずがないと、身体が反射的に理解したからだ。

「あ……」

 朝日の差しこむ中、チェリは見覚えのある空気に包まれていた。

 ベッドに本棚と、何か分からないものが整然と並んだ部屋。

 端の方には、階段があった。

 そういえば。

 昨日、自分に起きたことを思い出そうとしたが、それより先に気になることがあった。

 チェリは、貧相な下着姿だったのだ。

 キョロキョロすると──服が飛んで来た。

「あ、ありがと」

 慌ててお礼を言いながら、袖を通す。

 綺麗に乾いていて、お日様の匂いのする服。

 雨にうたれた後とは、とても思えない。

 身支度を整え、チェリは階段を下りた。

 そこは、やはり魔法使いの家だった。

 視線を巡らすが、誰もいない。

 テーブルには、温かいスープとパンが用意されていた。

 食事を食べて行けということだろうか。

 席につく。

 椅子は、素直に彼女を受け入れたが、向こう側には誰もいない。

「いただきます」

 パンをむしり、スープを口にする。

 そのスープには、キジが入っていた。

 彼女が持ってきたもの。

 それが、何だか嬉しくなって、ぺろりとたいらげてしまった。

「ごちそーさまでした」

 言うと。

 椅子は、簡単に解放してくれた。

 あれ?

 そして──玄関の扉が開いた。


 ※


 帰っていいと。

 そう、言っているのだ。

 寝て、ご飯も食べたから、もう帰れるだろうと。

 昨日起きた、とんでもない出来事の真実を、チェリが知る必要はないのだ。

 何だ、ろう。

 ぽっかりと、大きな隙間があいている気がした。

 ルイルは、ルイルじゃなく、妹でもなかった。

 自分には、妹なんかいなくて、そしてあの家に一人で住んでいたのだ。

 いつの間にか、意識に滑り込んでいた偽者の記憶。

 あれが、魔法なのだろうか。

 だが、その記憶よりも何よりも。

 この家が、チェリに帰れと言っていることが寂しかった。

 昨日。

 扉を閉ざし、椅子にしばりつけるほど彼女を引き止めたのは、ただそうする必要があったからなのだろう。

 お茶を出してくれたのも。

 姿を見せてくれたのも。

 甘いお菓子を、口の中に押し込んでくれたのも。

 もう。

 この家の魔法使いにとっては、全部終わったことなのだ。

 そう考えたら。

 うまく、一歩目が踏み出せなかった。

 扉は、彼女が帰るのを待ってくれているというのに。

「あ、あの……」

 声を、出してみる。

 ここには、見えないけどあの人がいるのだ。

 そうして。

 言葉が見つかる間だけ、ここにいても許されるのではないかと思えた。

「ご飯、ごちそうさまでした。お布団、気持ちよかったです。服も乾かしてくれて、ありがとうございました」

 思いつくことを、ひとつずつ並べてみる。

 その数など、たかが知れている。

 そういえば。

 昨日、初めて会ったばかりだった。

「あ、あの……あの……」

 すぐに尽きた言葉に、チェリは肩を落とした。

 矢筒を背負い、弓を取る。

 かえら、なきゃ。

 扉の方へと歩み。

 最後に、もう一度だけ足を止める。

「さような……」

 扉が──閉まった。
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