嘘、鬼よ。
「三冷君か、良い名だ。」
そうだろうか?
私は、自分の名前が嫌いだ。
『三冷の冷は冷酷の冷』
中学の頃は、陰でそんなことを言われたものだ。
きっとこの人たちは、三冷の冷を"玲"という漢字だとでも思っているのだろうな。
実際は、冷たいという字。
人に優しく出来ない、私にはぴったりかもしれない…
「ところで、三冷君。
どうして、志摩を殴ったのですか?」
志摩?
あぁ、あの短気なおっさんか…
「え、じゃあ、志摩を捕まえられたのってこの西園寺のおかげってことか?」
小柄な少年が、聞く。
「そうなんですよー。
僕が駆けつけたときは、調度この三冷さんが志摩の腹を殴っているところで…
で、どうしてなんですか?」
「刀を向けてきたからだ。」
「それだけ?」
「それだけ」
覚悟もないのに刀を向けられて腹が立ったとか、言い方が気に食わなかったとかまでは、いう必要もない。
物理的な現象だけを言えば、刀を向けられただけなのだから。
「そう、か。
では、ありがとう。三冷君。
助かったよ、あれは私たちの追っている者だったんだ。
君がいなかったら、逃げられていた。」
この人すごい。
あの場にいなかったはずなのに、私がいなかったら逃げられているほど、沖田と志摩の距離が離れていたことを、既に言葉の端々が察知している。
観察力、思考力…、ずば抜けている……。
「いえ、私は自分の身を守っただけだ。」
実際は、自分信念とでも言おうか、
飾りだけの刀に無償に腹が立っただけだ。
というか、
「もう帰っていいということか?」
きっと、沖田にここに連れてこられた理由は、志摩という者を私が倒したから、そのわけを聞きたかっただけだろう、
ならば、もう私はようなしであろう。
「待ってください。
まだ気になっていることがあります。」
きた、面倒なやつ。沖田。
「さっきは、うまーく話が逸れましたが、私の名前を知っていた理由は?
それと新撰組というものはなんですか?」
痛いとこ掘り返されたな…
このままじゃ帰れないかも知れない……。
「名前を知っていたのは、
壬生浪士組の沖田と言えば、沖田総司だと町で聞いたから。
先程、そこの人がこの人を沖田と呼んでいたのでね。
あと、新撰組というものは気にしないでくれ。
壬生浪士組といい間違えただけだ。」
納得はしてないようだな…。
まぁ、理屈はあってるし、何処もおかしいとこなんてないはず。
「では、帰っていいか?」
「いや、待て。」
なんだ、今度は土方か。
「なんか怪しい…。」
あん?
なんだこいつは。
「壬生浪士組は、"なんか"という勘だけで、人を疑うのか? 」
「…あぁ、そうだ。」
「えちょ、土方さん…!?」
開き直りやがった。こいつ
「話し言葉も、京の者とは違う。
どちらかと言えば、長州よりの発音だ。
着ている服も一見袴のように見えるが、どこと無く形が違って見たことがない。
手に携えてるものも摩訶不思議な形をしているし、
とにかく、怪しい」
また、痛いところを……
あぁ、なんて言い逃れをしよう。
いっそのこと、黙秘でもするか?
人間には、発言の自由というものがあるんだ。
日本国憲法では…って、まだ日本国憲法は無いか。
とにかく、どうしよう。
袴と喋り口調は、なんとか出来るが、スクールバッグは、この時代には確実にないものだ。
中を見られたら終わる…。
「なにか、言えよ。
お前は長州の間者か?」
違う。
違うが証拠がない…。
「ちょっと、待ってください、土方さん。
確かに怪しいですけど
この人は志摩を殴ったんですよ?
長州の間者が長州の間者を倒しますか?」
さっきの小柄な少年の隣の男が言う。
そうか、志摩という男は長州の間者だったのか…。
「もしかしたら、志摩を倒して自分が疑われないようにしたのかもしれないだろう。
永倉みたいな、そういう考えを逆手にとり、志摩を犠牲にして、自分に疑いの目がいかぬようにしたんだ。」
確かにそう考えれば、筋が通っているだろうが、正しくないんだよ。私は、長州の間者なのではないから。
「なるほど、そう考えたら、不信言動にも納得がいきますね。」
急に、向けられる視線が変わった…!
不味いな…。このままでは殺られる。
いや、殺られればもとの時代に戻れるかも?
そもそも、どうやったらもとの時代に戻れるのだろうか。
もとの時代に戻れないのであれば、殺られても別に構わないんじゃないか。
最初からこの時代にはいるべき存在ではないのだから。
私だけ、異色なんだ。
未来からきた、異色の人間……