クレア
「ひぎゃっ!」
優しく触れていたものが、容赦なく頬を叩く。
右頬を、右頬が、
「痛い……」
「だって、強く叩いたから」
叩かれた少女は頬を摩りながら、涙目で言う。
それに反し、叩いた者は罪悪感も無しに、むしろ自分が正しいとでも言うような表情だ。
「それに、“クレア”って呼ばないでよ」
「事実“クレア”なんだから、仕方ないでしょう?」
だが、どこだか正論を述べているのは、叩いた者――16代前後の少年のようだ。
「じゃあ、自分の名前が嫌いだから、“イリア”って呼べって言ったの、どこの誰だっけ?」
「名前なんて知らねえよ」
――どうやら、どっちもどっちらしい。

冒頭から言い争っているこの二人。
クレアと呼ばれる少女、そしてイリアと呼ばれたい少年。
言うまでもなく犬猿の仲で幼なじみで、それでいて互いに一番の理解者。
喧嘩するほど仲が良い、というところだろうか。
更に、互いとも自分の実名を嫌っている。
その理由は、何れ分かる事になるだろうが――

「でもさ、女の子を叩くなんて、教育され直したほうが良いんじゃない?」
「だからって、どこのだれに実名を偽ってエントリーするように指摘されたのかなぁ?」
「偽名も実名も、名前なんだから良いでしょ? 第一、“イリア”はどうなるのよ」
「知るか。あの名前、吐き気がするんだよ」
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