涙のあとの笑顔
 バスルームへ駆け込んで鏡を見ると何もなかった。

「やれやれ」

 何もしていないのに私をパニックに陥れようとしているだけだろう。
 そう納得していると、足音が近づいてきたのでドアを開けた。メイドさんが歩いていて、すでに部屋を通り過ぎていた。ドアを閉め、ベッドへ寝転がろうとしたとき、布団が大きく膨らんでいた。少しずつ捲ってみると、レナードが気持ちよさそうに寝ていた。

「ひいっ!」

 腰が抜けて座り込むと、レナードはその音に気づき、ゆっくりと双眸を開いた。

「もう朝か?」
「朝だよ。それより何でここにいるの!?」
「昨日から一緒に寝ていただろう?」

 ずっと一緒にいたんだ。途中で寝ていたからそんなことわからなかった。それじゃあこのメモは何?

「何のためにこれを書いたの?」
「本当はもっと早くにここを出るつもりだったが、眠くて気づいたらベッドに戻っていただけだ」
「この意味は?」
「可愛い寝顔を久々に見たからご馳走様」

 両手を合わせてご馳走様のポーズを披露してきた。

「あのね・・・・・・」

 呆れてもう何も言えなかった。
 突然レナードが立ち上がり、窓を開けて外へ出た。追いかけようとしたが、気配を感じたからドアへ向かった。そっとドアを開けると、ケヴィンとイーディが驚いた顔をしたまま立っていた。

「初めてじゃない?いつも寝ているのに・・・・・・」
「そうだね、自分でもびっくりしちゃった」

 二人を中に通して部屋を見ると、いつもと何の変わりもなかった。さっきまでレナードがここにいたとは思えないくらい。

「何きょろきょろしているの?」
「ううん、何でもない」

 いけない、今のは挙動不審だった。いつもどおりに行動しよう。
 だけどそのとき私は見てしまった。魔法を使って外でふわふわと浮いているレナードを。

「フローラ、いつもよりパンにバターをつけ過ぎていない?」
「そ、そんなことないよ!」
「ジュースをスープと間違えてスプーンで掬おうとしている」
「俺のコーヒーに手を伸ばしている」
「ああっ!」

 手を引っ込めようとしたら、コーヒーが倒れそうになった。
 完全に二人に怪しまれている。窓を見ようとしたが、絶対に表情に出てしまうと思い直し、パンを食べた。

「フローラの頭は子どもになっちゃったの?」
「寝ぼけているだけだから」
「嘘だね。目がパッチリと開いている」
「だからえっと・・・・・・」
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