甘え下手
やがてキッチンからしょうゆと砂糖の美味そうな匂いがしてきた。


「阿比留さーん。卓上コンロとかないですか?」

「あるよ。そこの上の棚に。取ってやるから待ってろ」


キッチンに立つ百瀬比奈子の横に並ぶと思いのほか、ちっこい。

これじゃ上の棚には届かないだろう。


「えっ、あるんですか? ダメ元で聞いたのに」

「……普通あるんじゃねえの?」

「男の人のひとり暮らしで?」

「ああ、前の女が置いてったヤツだから」


世間話をしていたのに、急に何も返ってこなくなったから、不思議に思いながら隣の百瀬比奈子を見ると、すごく微妙な顔をしていた。

どちらかといえば不満そうな。


「なに、比奈子ちゃん。俺の昔の女にヤキモチ?」

「……違います。男の人って、そういうの平気なものなんですか?」

「さあ、人によるんじゃない。俺は気にしないけど」


だいたいこの歳で過去に女がいないとか、無理だろ。普通に。

だから恋に恋してるって言ってるんだよ。


そのときの俺はそんな風にしか思わなかった。
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