甘え下手
「わわっ。なんですか?」


引っ張られた勢いで2、3歩よろけた私の頭は阿比留さんの胸にポスっと当たって止まった。

体勢を立て直そうとするよりも先に耳のすぐそばで声が聞こえた。


「今夜のリベンジ、いつか果たすからな」


息がかかる距離でのささやくような低音に、私はバッと耳を押さえて飛びのいた。


「なななななっ、なんのことですかっ!?」


距離を取り過ぎて玄関からはみ出し気味の私を見て、阿比留さんが満足そうに口端を上げる。


「比奈子ちゃんが考えてること」

「……っ」


言えなかった。

阿比留さんの声があまりに色っぽいから、私の思考は勝手にやらしい方向へと進んでしまって、しかもそれを絶対に阿比留さんにも見抜かれている。


なんで?

さーちゃんと仲良くして楽しそうだったのに、どうしてそんなこと言うの?


いまだ耳を押さえたままの私を見て、阿比留さんは少し首を傾げるように妖艶な笑みを浮かべると、ひとこと「おやすみ。比奈子ちゃん」と言った。
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