甘え下手
「座るとこないからそこ座って」


阿比留さんが指したのはベッドのマットレスの上。

さすがにそこに座るのは気が引けたので、私はベッドの前のカーペットに腰を下ろした。


「そんなとこいたら寒いだろ? 心配しなくてもこんなとこで襲ったりしないから」

「そ、そんなこと心配してないですってば」


赤くなって顔を上げると、阿比留さんが近づいてきて目の前でしゃがんだ。


「でもまあキスくらいはしとく?」


同じ高さで目線が合う。

阿比留さんがこの家に入ってから初めて私を見て微笑んでくれて、そのことにすごくホッとした。


だから私に拒否する気持ちはなかった。

ずっと心細かったから、直に阿比留さんの温もりを感じたいと思った。


ゆっくりと傾けて近づいてくる端正な顔立ちに見とれながら、自然にまぶたを下ろしたその時、お決まりのようにノックの音が響いた。

触れられなくて離れていく唇。


それがすごく寂しくて、まるで中学生の恋愛みたいだと自分自身に呆れて笑えてくる。

阿比留さんは立ちあがってドアに向かったから、どんな表情をしていたのか分からなかった。
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