甘え下手
この子はきっと自分が我慢してきたから、他人が我慢することに敏感で、その気持ちを察知してシンクロするんだろう。

恋愛偏差値の低い彼女なりに、その思いを表現しようと頑張ってくれている。


それを感じた瞬間、ものすごく彼女のことが愛しくなった。


「寂しくないよ。比奈子ちゃんがいるから」


照れ隠しにちゃん付けで名前を呼んだけれど、口にしたのは素直な気持ちだった。


「だけど無理すんな。兄ちゃん怖いんだろ? 泊まってばかりいたら怒られるんじゃねえの?」

「う……」

「また週末になったら迎えにくる。平日も早く帰れそうだったら会いに行くから」

「はい……」


自分に言い聞かせるようにひとつひとつ口に出して、腕の力を徐々に緩める。


「次は普通のデートがしたいです……」


腕の中で小さく甘える彼女に、このまま連れて帰りたいという誘惑にも駆られたけれど俺はゆっくりと手を離した。

彼女にだけ感じる初めての感情をゆっくり一緒に育てたいと思ったから。


「いいよ。比奈子が望むならどこへでも」


肩をすくめておどけると、彼女は「普通でいいんです」とちょっと不満そうに唇を尖らせた。

最後にその唇を食べるように奪うと、彼女の後ろのドアを開けて別れを促した。
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