甘え下手
比奈子と別れて一人マンションに戻る。

気が重かった実家での会食も彼女が一緒だったおかげで、何事もなく済ませることができて俺は満足していた。


欲を言えばもちろん彼女をこの腕に抱いて眠りたかったが、それでも今日はアルコールもなく眠れそうな気がした。


……彼女からの電話が鳴るまでは。


着信相手の名前を確認すると一気に気が重くなる。

だけど俺には無視するなんて選択はなくて、リビングのソファにゆっくりと身を沈めたままスマホを耳に当てた。


「……はい」

『翔馬くん。もう寝てた?』

「……起きてたよ、優子さん」


あの頃は大好きだと思っていた柔らかい声も、今は内部から自分を蝕む食虫花の蜜のように甘ったるく聞こえる。

逃れられない呪縛。


『今日は来てくれてありがとう。嬉しかった』

「……兄貴いるんじゃないの?」

『天馬さんはお風呂に行ってる。それに弟にお礼の電話するぐらい不自然じゃないでしょう?』

「俺はアンタの弟じゃねーし」


誰よりも俺のことを弟として見ていないのは、優子さんアンタだ。
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