甘え下手
「オフィスラブなんて面倒なだけかと思ってたけど、案外スリルがあっていいよな」


私をすんなり懐柔できたからか、阿比留さんはオフィスビルを出るときもご機嫌だった。

私は退出時間と勤務時間に差が出来てしまったことをチーフに指摘されたら、どうやって答えようかなんて気にしているのに。


「私はスリルはいらないです。不安でいっぱいになっちゃう……」

「比奈子はビクつきすぎ。だけどいつもよりドキドキしたろ? キスしただけでぽーっとなってたじゃん」

「変なこと言わないでくださいっ」


照れ隠しにツーンと横を向いたけれど、心の中でそれは少し違うと思っていた。


スリルがあるからキスに酔うんじゃなくて、二人きりなのが久しぶりだったからだ。

どうやら私はずっとこうして欲しいと思ってたみたい。


甘い言葉を囁かれてキスをくれて。

阿比留さんが私を甘やかすからそれに酔っちゃうんだよ。


甘えられない私を甘やかしてくれるから。


妹には思ったことを口に出せって言われたけれど、私はやっぱり照れくさくてそんなことは口に出せなかった。
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