甘え下手
阿比留さんはちょっと不思議そうな顔をした。

それから「痛い?」と心配そうに気遣ってくれる。


私は少し笑うと指で涙を拭って軽く頭を振った。


そうじゃなくて。

痛みはもちろん伴ったけれど、それがツラいわけじゃなくて。


ひとつになれることに感動するんです。


なんて。

そんなセリフは恥ずかしいからさすがに口に出せなかった。


また恋に夢見すぎって言われちゃうかもしれないから。


だけど私にとってはとても大切な経験で。

きっと生涯忘れない感動だろうと思った。


薄明かりの下カーテンの隙間から差し込む月明かりの色。

シルバーの壁掛け時計が刻む秒針の動き。


この空間を彩る全ての景色を脳裏に焼きつけて、一生消えない鮮やかな記憶になればいいなと思った。
< 318 / 443 >

この作品をシェア

pagetop