甘え下手
「ここまででいいからね」


玄関でヒールの靴に足を通す優子さんの背中を見守る。


阿比留さんに会いに来た優子さん。

阿比留さんに会わずに帰っちゃう優子さん。


引き留めるべきなのかどうかも分からなくて、自分がどうしたいのかも分からない。


「それじゃ。コーヒーごちそうさま」

「あっ、あの……!」

「え?」

「約束……ってなんですか?」


最後の挨拶をされて反射的に問いかけてしまった。

私が個人的に優子さんと話せる機会なんて、もうないかもしれない。


優子さんは少し驚いたような顔をしたけれど、ふっと表情を和らげて私に教えてくれた。


「まだ中学生だった翔馬くんと約束したのよ」

「え……」

「翔馬くんが大人になるまで待ってるって」


優子さんは「あの頃の翔馬くん、可愛かったな」と懐かしそうに笑った。
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