甘え下手
俺の家の食事風景とは違って、そこには気を遣わなくていい、素朴で温かい家庭の雰囲気があった。

だから沙綾が俺に未練があるだとか問題発言ばかりかましても、ちっとも気まずい雰囲気にはならずに済んだんだと思う。


沙綾の目はなかなかに本気だったけれど。

悪いけど俺の中で沙綾だけはやっぱり、ない。


この先比奈子と別れることがあっても、沙綾は対象外のままだろう。

それは俺自身が決めた恋愛のタブーの境界線だから。


俺の胸に顔を乗せて心臓の鼓動を聞いている比奈子の頭をよしよしと撫でる。

気持ち良さそうに目を閉じる彼女を見ていると、まるで犬か猫みたいだと笑みがこぼれる。


「こんな時間が続くといいな」


何気なくこぼれた言葉はまぎれもなく本心。

聞き流されるかと思ったけれど、比奈子はピクリと反応して俺のシャツをギュッとつかんできた。


その行動の意味するところはよく分からない。


言われた言葉を嬉しいと思っているようにも取れるし、彼女自身の不安を表しているようにも見える。

不安……ってやっぱり櫻井室長の結婚のことか?
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