甘え下手
そのおかげか、沙綾と鉢合わせることはなかったが、代わりに向かい側の店から比奈子と櫻井室長が二人で出てくるのを目撃してしまった。

思わず歩いていた足が止まる。


あれ。

兄貴と買い物っつってなかったか。


二人は何か談笑をしながら雑貨屋を後にし、駅とは反対方向に向かって歩き出した。


あの二人のツーショットを見るのは、比奈子が失恋して以来初めてだ。

彼女の痛みが分かると思っていただけに、今こうして室長の隣で嬉しそうに笑う比奈子の心情が理解できない。


なんだそれ。

もう平気になったのか?


それとも未だに櫻井室長の隣を歩けて嬉しいとでも思ってんのか?

……やっぱり面白くない。


彼女が平気で室長の隣で笑えるようになったのだとしたら、それは喜ばしいことのはずなのに、やっぱり俺の胸の中にはモヤモヤが残った。

歩みを止めた俺を残して、二人の後ろ姿が遠くなっていく。


浮気現場ってわけじゃあるまいし、乗り込んで彼女をかっさらうってのも違う気がする。

だから二人に声をかけることを俺はしなかった。
< 360 / 443 >

この作品をシェア

pagetop