甘え下手
そのままマンションまで歩いて帰ったわけだけれど、イラつきから無意識のうちに早足になっていた俺は、部屋に入る頃はスーツの背中が汗ばんでいた。

シャワーを浴びて部屋着に着替えるとソファに寝転んだ。


イヤホンを耳に差し込んで洋楽を流すと、目を閉じる。


比奈子は俺よりもずっとしっかりした人間で、過去は過去として振り返らずに前に進む強さを持っている。

俺はどうだろう。


いつまでも過去に捉われたままダラダラとその場に踏みとどまっている。

半端な優しさは彼女を縛るだけなのに。


午後の陽射しが差し込むリビングでまどろんでいると、いつの間にか陽は沈んで、肌寒さに目が覚めた。

春とはいえ夜はまだ寒い。


そういえば桜を見に行こうなんて誘う気だった彼女は、まだこの部屋へは現れていないようだ。

案外、櫻井室長と晩飯まで一緒に過ごしてるんだったりしてな。


そんな自虐的な考えが一瞬、頭をよぎったけれど、すぐにインターホンが鳴ってその考えが過ちだったことを教えてくれた。
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