甘え下手
「デビルで思い出した。私、用があったんだった」


チラリと腕時計を見て、慌てて立ち上がる。

阿比留さんにスーツのクリーニング代を渡そうと思って、すっかり忘れてた。


阿比留さんもお昼は外かな。

ていうか、営業なら社内にいないかもしれないな。


どうしようかと思案しながら、屋上を後にしようとすると、扉の前でバッタリ阿比留さんと出くわした。

屋上の隅には喫煙スペースとして灰皿が用意されていて、阿比留さんはそこで煙草を吸っていたようだった。


「あ」

「こないだは、どーも」


阿比留さんのキャラだったら「誰、アンタ?」ぐらい言うかと思ったけれど、「あ」しか言わなかった私に対して、阿比留さんの方が挨拶をしてくれた。

無表情でぶっきら棒な物言いは置いておいて、さっと挨拶を繰り出すあたり、さすが営業さん、なんてズレたところで感心してみる。


そそくさとポケットから封筒を取り出して、挨拶と共に差し出す。


「この間はどうもすみませんでしたっ。これ、クリーニング代です! 受け取ってください!!」


両手で顔の前に差し出された封筒に、阿比留さんは一瞬、面食らったような顔をして、その後、「ああ」と納得したような表情になった。
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