甘え下手
「とうっ」


それは例えるならまさにアニメのキャラクターが戦うときに発するかけ声で、現実にそんな声を俺は聞いたことがない。

続いて背中に走る鋭い痛みと激しい衝撃。


気がつけばカウンター席に座っていたはずの俺は床に転がっていた。


「いってぇ……」

「いったーい!」


思わずあげたうめき声をかき消したのは、俺のすぐそばに転がる沙綾の叫び声だった。


そばには鮮やかなイエローのハイヒールが転がっている。

目に入った瞬間、これでとび蹴りをくらわされたんだと理解した。


どうやら着地に失敗してコケたらしい。


「もうっ。何やってんのよ!」


沙綾は気を取り直したようにハイヒールを拾ってスクッと立ちあがった。

ショートパンツからすらりと長い脚をのぞかせて、ちょっとしたモデルみたいだ。


そんな派手な女に蹴りを入れられて怒鳴られている俺は、あっという間に店内中の注目の的となった。

そばでは椅子に座ったままの仁の背中がぷるぷる震えているのが見える。


笑いを堪えている。

それで沙綾の登場が仁の差し金だということも分かった。
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