甘え下手
海のばかやろう
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「二名でご宿泊の阿比留さまでよろしかったでしょうか?」

「……あ、はい……」


私は阿比留さまじゃ、ございません。

阿比留さまはいらっしゃらないんですよー。


旅館のフロントでいるはずのない阿比留さんの名前を出されて、もう心がくじけそうになっている私。

ああ、やっぱり貧乏根性を出して一人でなんてノコノコ来るんじゃなかった。


「阿比留さま、お部屋にお運びする荷物は以上でよろしかったですか?」

「阿比留さま、夕食の時間ですが」


阿比留ネームの連呼に心がボディブローのようにダメージを受けている。

いっそ私は阿比留じゃありませんと宣言した方がいいのだろうか。


ロビーのソファでひとりぼっちの私は、抹茶と女将さん手作りのスイーツを振舞われる。

連れは仕事の都合で来られないかも……と曖昧に濁してしまったせいで、お抹茶は二人分用意されてしまった。


大きくはない旅館だけれど、老舗のものを最近リニューアルしたとかで、和の雰囲気を残したまま、きれいで洗練された雰囲気の宿だった。

阿比留さんが選んでくれたここを見て、らしいと思ってしまう。
< 405 / 443 >

この作品をシェア

pagetop