甘え下手
「それから?」

「……もうありません」

「阿比留翔馬のばかやろうは? 言わなくていいの?」

「……そんなこと言いましたっけ?」


困ってトボけると、脇腹をこちょこちょとくすぐられた。


「ちょ……っ、阿比留さんヤメテ……ッ」

「遠慮しないで言えって。なんなら沙綾みたいに飛び蹴りしてもいいよ」


身をよじって阿比留さんの腕から逃れると、二人の間に隙間ができる。

二つの影が長く伸びる。


それを見て夕焼けなんだと気づいた。


「あ……日没……」

「あぁ、本当きれいだな」

大きな夕陽が徐々に水平線に近づく。

なるほどそれは普段見ることのできない幻想的な景色だった。


ゆっくり阿比留さんが手を伸ばしてくる。

そのまま肩を抱き寄せられるのかと思ったら、その手は空中でピタッと止まった。


「比奈子」

「はい?」

「触れても、いい?」
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