甘え下手
「比奈子浴衣着たら?」


仲居さんがいなくなると、阿比留さんがお箸で舟盛りを突きながら言った。


「え? だって食事の途中ですよ? まだお風呂入ってないし」

「なんか気分でるじゃん。じゃあ風呂入ろ」

「まだ天ぷらも来ますし、ご飯も炊けてないですよ……ってえっ!? やっぱ一緒に入るんですかっ!?」

「なんで部屋風呂なのに別々に入るわけ?」

「な、なんでって……恥ずかしいからですよ」


無駄な攻防を繰り広げながら、それでもきっと一緒に入るんだろうなとふわふわと浮ついた気持ちになったりもした。

だけど会話が途切れるとふと思い出す。


「あの……」

「ん?」

「優子さんは……もう大丈夫なんですか?」


それまではしゃいでいた空気が一瞬で落ちて、口に出したことを少し後悔しそうだったけれど、やっぱり私には訊いておかなきゃいけないことだったと思う。


「離婚して実家帰ったよ。あの家から出ればもう大丈夫だと思う」

「そうですか……」

「まだ心配?」

「お兄さんは優子さんのことが好きじゃなかったんですか? 優子さんは……」


阿比留さんのことが好きだったんじゃないんですかって言いたかったけど、完全な邪推だから言葉が止まってしまった。

だけど阿比留さんは私の言いたいことが分かったようだった。
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