甘え下手
本当は見とれていたけれど、そう思われるのが悔しくて思わず否定してしまった。

阿比留さんは意表を突かれたような顔をした後、「そんなこと言ってねーし」と笑った。


「比奈子ちゃんが見とれるのは櫻井室長だけだもんな」

「声がデカーいっ!」


慌てて阿比留さんの口を塞ごうと手を伸ばしたけれど、冷静にスカッとかわされてしまった。


「誰もいないの確認してから言ってるから」

「……そうですか」


避けられてよろめきながら、「それでも恥ずかしいんです!」と心の中で叫ぶ。

デビルにもサタンにも口じゃ敵わないからあくまで心の中だけで。


体勢を立て直すと照れ隠しに自販機へと向かい、ココアを取り出した。

私だけ子ども見たいな真似をしてしまったことが恥ずかしい。


ココア取ってるうちにどこか行ってくれないかなあ。


だけどその祈りも虚しく、顔のすぐ横をスーツの腕が通って、自販機に小銭が投入された。

真後ろに立たれて、伸ばされた腕からはふわっと大人の男の人の香りがした。


櫻井室長とは違う、涼しげでシャープな香水の匂い。
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