甘え下手
「ん?」

「いえ……、なんでもないです」


そうか、この間こうして支えてくれたのは阿比留さんだ。

その時にいつものような悪い笑みを浮かべながら、私に耳打ちして教えてくれたんだ。


そう、こんな時は。


「タクシー呼んでもらったから家まで送るよ。比奈子ちゃんをこんなに飲ませて怒られそうだなあ」


彼の腕に自分の腕を絡ませて……。


櫻井室長の腕に、自分の両腕を絡めるようにしがみついた。

スーツの香りを胸に吸い込む。


よく知っているムスクの匂い。

私だけのものだったらいいのに。


「……です」

「え?」

「まだ、帰りたくないです……」


私は阿比留さんが教えてくれた『殺し文句』を、震える声で口にしていた。
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