嘘つきなキミ

ドクンドクンと鳴る心臓をぎゅっと抑えて、その場に立ち竦む。
気付けば息をしてなくて、「はっ」と短く息を吐いてから荒い呼吸を繰り返す。

(――まさか、また掛けてくるなんて。予想しなかった私もバカだ)

楓は止みそうもない動悸を堪えながらも、ふらりと店内に戻った。


「おい。おまえどこ行ってたんだよ?」
「あ、す、すみません」


レンのテーブルに戻ると、他のヘルプのホストが小声で楓に言った。
とりあえず謝る楓の様子に、そのヘルプは特に何も気づくことなく、「ふん」と鼻をならして業務に戻る。

グラスを見ると、酒がもうすぐ底をつきそうだ。

楓は手を伸ばしてグラスを掴み、酒を作ろうとした。


「ああ。シュウ、いい。ミユちゃんは今日、もう時間がないらしいから」
「そうなのー。もっとレンと居たかったんだけど、ごめんねぇ」


楓はそう言われて、グラスを置いて、代わりに水を出した。

まもなくその客は帰って行き、それを見送った後のレンに呼び出される。


「シュウ」
「え? はい」
「どうかしたか」


レンにそう言われてドキっとした。

なぜ――そう思って、楓はなんのことかと知らぬふりをしようかとレンの顔を見た。

しかし、すぐにそんなことはムダだと楓は思う。
レンの真っ直ぐな目に、これ以上何か言葉を重ねたとしても、すべて見透かされるのだろう。

観念したように、楓は小声で返事をした。


「ちょっと……家族が。でも、大丈夫ですから」
「顔色が悪過ぎる」


レンはそういうと、楓をバックへと引き込んだ。


「あっ、あの……! ほんと大丈夫ですから」
「あ、俺です。シュウの様子がおかしいんで、引き取りにきてもらえます?」
「え……」


楓の言うことを全く聞かずに、レンが電話をし始めた。

“まさか”、と楓はレンの横顔を凝視する。
すると、レンはすでに話はついたようで、携帯を耳から離して楓に向き合う。


「そんな顔でフロアは出られないだろ。特にあんたは」
「あ……」


レンにそう言い放たれると返す言葉がなかった。

おそらくレンは、そんな不安そうな顔で接客なんて出来ない。それに、そんな散漫なままでは自分の身を守る事すら出来ない。
そういう意味で言ったことだとわかった。


「そこで待っとけ。絶対出てくるなよ」


レンに言われた楓は、そのまま去って行くレンの背中を見るだけで動けなかった。

< 128 / 225 >

この作品をシェア

pagetop