嘘つきなキミ


「こんばんは」
「……!」


まるで待ち伏せしていたかのように――いや、本当に待ち伏せをしていた洋人が、出勤してきた菫に声を掛けた。


「こんばんは。びっくり……しました――星見さん」
「光栄だな。憶えていてくださっていたなんて。あ、でも職業柄、そういうのは得意かな?」
「え? ええ。まぁ……」


以前、一度しか言葉を交わしてない“ママの客”が突然目の前に現れたことに、菫は心底驚いた。

そして同時に、わざわざ店の手前で声をかけられたことに警戒する。

菫は肩に掛けた鞄を、ぎゅっと握り、洋人を見た。


「……警戒――――して当然か」
「あ、いえ……」


洋人は緊張をほぐすために、柔らかい口調で言うと、菫を見た。

改めてみると、やはり美人。

背丈も女性の中では少し高めで、華奢なスタイル。
細い首筋から視線を上にあげれば、小さな顔に大きな瞳。

綺麗に結われた髪は、夜の仕事の人間には少し珍しい黒髪だ。


そんな全ての出で立ちが、やはり洋人の知る“成宮桜”に似てるのだ。


「少しだけ、時間を貰えるかな」
「え? でも……」
「ママには許可を貰ってるよ。大丈夫、どっかに連れ込もうなんて微塵も思ってない。ここで話をするだけでいいんだ」


腕時計を確認して、困った表情の菫の言葉を先読みして洋人は言う。
そこまで用意周到にされると、菫も断る理由がなくなってしまう。

まだ、信用しきれない気持ちの視線をぶつけながら、菫は僅かに頷いた。


「以前、私が君に『成宮桜を知ってるか』という質問をしたの、覚えてる?」
「あ、はい。名前は忘れちゃってましたけど……」
「――そう。じゃあ、もう一度聞くけど、“川合(かわい)”桜という人を、君は知ってる?」
「――か、わい……?!」


その苗字に菫は明らかに何かを知っている反応を示す。
しかし洋人は、そういう反応が返ってくるということを知っていたのでそのまま続けた。


「そう。君の――――母親の姓だろう?」


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