嘘つきなキミ
そう語り始めた洋人の話に、全員が集中する。
いつしか雨が降り始めていたようで、しん、とした時に、濡れた道路を滑走する車の音が8階まで届いてくる。
楓はその沈黙の間に聞こえた雨音で、不意に思い出されたのは堂本と出逢った夜だった。
自然と堂本に向き直すと、今でもまだ鮮明に思い出せた。
傘から出た肩を濡らして、驚いたような瞳で自分を見下ろして立ち止まった、あの瞬間(とき)を。
あの偶然のような出逢いが、もしかしたら“血”が引き合わせた必然なのかもしれない。
惹かれたのも、異性としてじゃなく、もしかしたら似ているところのある、“家族”だから……。
堂本と目が合うと、出逢いから今までのことを走馬灯のように頭を巡った。
そして、やはり思う。
自分が彼に抱いた感情は、家族愛じゃない。
仮に家族だとしても、それ以上の想いを馳せていた。
それは恥ずべきでも、隠すことでもない。
胸を張って言える、“初恋”だ。
そう決めた楓は、洋人のこれから話そうとしていることがどんなことであれ、ちゃんと立っていられる気がした。
「……そのとき、桜はまだ“川合”だったんだけどね」
物悲しそうな顔をして笑顔を作るところは、堂本と同じ。
楓はその表情を見てすぐにわかった。
堂本は菫を想っていたときに、その顔をする。と、するならば、洋人も同様で。
桜を想っているからそのような切ない顔をしているのだと――。
便箋の下の封筒の裏面を、もう一度見て言った洋人が続ける。
「……成宮と、やっぱり籍を入れたんだな」
独り言のように小さな声で言うと、顔を上げて楓をじっとみる。
「たしかに、私はきみの母――――桜に特別な感情を抱いていたよ。それは由樹もなんとなくわかってたことでもあるだろう?」
急に話を振られた堂本は、目を大きくして洋人を見た。
少し間を空けて、堂本が答える。
「……相手までは知らねぇけど。でも、親父が離婚したのはおれが15のとき……その頃は既に楓の母は結婚してた筈なのに、それすら知らなかったのか?
離婚するほど好きなオンナだったのに」
「――離婚になった頃には、もうずっと桜と会ってなかったからな。彼女は弱く見えて芯が強かった。一度決めたことを全うしようとしたんだ。
それが私の手を取る選択ではなかったけど、そんな彼女に惹かれたのも事実だから、尊重した」