嘘つきなキミ


「本当にここでいいのか?」


運転席の窓を半分開けて、見上げた堂本は聞く。


「はい。ここから乗り継いで帰れますから」


姿勢正しく立つ圭輔が、澄んだ瞳でそう答えた。


「そうか。じゃあ、気ィつけろよ」
「ありがとうございます。姉を、よろしくお願いします」
「……了解」


そうしてウインドウを閉めて、車を走らせた。

ミラー越しに見える圭輔は、いつまでもその場に立っている。
ひとつめの信号を曲がると、圭輔の姿も見えなくなった。


「……びっくりしました」
「ん?」
「今日、二度も堂本さんと遭遇するんですもん」


いつもの後部座席で、楓は直接堂本の斜め後ろ姿を見て言った。

昨日といい、今日といい……。なんとも長く感じる一日で。
昼間はカフェでばったりと会い、夜は洋人の元で鉢合わせをした。

そんな一日を振り返って楓はくすくすと笑う。


「あー。イヤんなったんじゃねぇか?」
「え? なんでですか?」
「ほら、“休みの日まで上司に会いたくねぇ”っつーじゃねぇか」
「ふふ……堂本さんは“上司”っていう感じじゃないので大丈夫ですよ」
「……それ、喜んでいいとこか?」
「たぶん」


「“たぶん”てなんだ」とぼやきながら、堂本はハンドルを切る。
終始口元を抑えて笑う楓を、ミラーで見ては、堂本も笑った。

久し振りに――――いや、きっと産まれて初めて、心から穏やかな時間を過ごしている気がする。

心地良いのは乗り心地だけではない。
流れる夜景がまるで夢のような錯覚に陥らせる。

いつまでもこうしていたいと思うときに限って、その時間はとても短いものに感じる。

それは今の楓がまさにそうで、ずっと続けばいいと思った矢先にアパートが近づいてくる。


キッと止めた車は、すぐにドアは開かなかった。


< 216 / 225 >

この作品をシェア

pagetop