嘘つきなキミ
営業時間の半分も過ぎた頃、入り口の黒いドアが開いた。
「いらっしゃいませ。ようこそDReaMへ」
一番近くに待機していた黒服・遠藤が落ち着いた声でにこやかに言う。
ちょうどバックから席へと戻る途中の楓がその客と遭遇した。
もちろん、前を横切ることなど許されない。
楓はピタリと足を止め、一歩下がって深く頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
楓の視線の先のヒールの高い、ピンクの靴はそのままそこから動かない。
楓は不思議に思って、ゆっくりとアタマを上げた。
目の前の客は楓を真っ直ぐと見て、目が合うとにこりと笑った。
「あなた、名前は?」
「え…あ、シュウです」
「やっぱり!」
「やっぱり」と言われ、楓は目を丸くした。
その客は見たことのあるような、ないような…記憶を懸命に辿りながら見た。
そんな楓を見て、くすくすと笑い声を上げた。
「あーわかんないよねぇ。だって、初めて顔も合わすし、話なんかしたことないし」
その割に、相手は自分を知っている。
腑に落ちない顔をした楓に、艶のある厚い唇を弓なりにあげて説明した。
「あたし、絵理奈。リュウの客よ」
「リュウ…さん、の?」
それでもリュウの客が自分を知るということに疑問と嫌な予感が過る。
昨夜、堂本にも言われたばかりだ。
リュウという存在に、気を付けろ、と。
「そう! あなたのこと、ちょっとだけ話題に出たから気になってただけよ? 気にしないで」
そう言ってキツいバラの匂いを残して、慣れた足取りで去ってしまった。
その後ろ姿を少し見て、レンの席へと戻らなければならないことを思い出し、ハッとする。
その日、そのまま楓は絵理奈と接触することはなかった。